D's Factory

  the Door of Dreams

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タイトル: 洞窟にて

作成日:2003年11月 6日 


君の手を握り締めて、ひたすら、前を向き歩き続ける。
早足に。
君は、なにも言わずにひたむきに後をついてくる。
早く、早く。
握り締めた手に力を込めて、君に伝える。
「大丈夫、君を守ってみせる」
君は、僕の手を握り返す。


地中深い洞窟内の道は、バラの棘のように尖った石で覆われている。
うっかり、躓き膝をついたなら、この先、歩くこともできなくなってしまうだろう。

手元の微かな明かりを手がかりに、慎重に進む道を決めなくてはならない。
早く、早く。
気持ちだけが焦る。
君が肩で息をしている気配が伝わる。
道は狭く、決して、平坦になることなく登り続けている。
早く、早く。
休むことはできない。
ヤツの気が変わる前に、ヤツが再び立ちはだかる前に出口に辿り着かねば。

どこまでも、終わることが無いように思える坂が続いている。
君の足取りがもつれがちになる。
できることは、君の手を握り締めることしかない。
前を見て、ただ、ひたすら前を見て進むしかない。
汗が滴り落ち、目がかすむ。
水がほしい。
君の呼吸が荒くなってきている。
少し歩みを緩めると、君は背中を押すようにして先へと促す。
早く、早く。
登りがさらにきつくなる。
もう、足取りは、引きずるようになっている。
気が急くばかりで、少しも先に進むような気がしない。

と……
目の前に一筋の糸が視線に入る。
明かり……
出口だ。
外の光が見える。
君を握る手に力がこもる。
君も、微かな光に気がつき、顔を上げる。
君が、手を握り返してくる。
しかし、その手に力は無い。
頑張れ、あと少しだ。
言葉せず君に伝える。
頑張れ、あと少しだ。

心なしか勾配も緩くなったような気がする。
一歩一歩進むたびに、光の糸が大きくなってくる。
あと少しだ。
微かだが、風の流れを感じる。
光が、大きな塊になっている。
出口だ。
あと少し。

出口が目の前に見える。
あと少しだ。
もう、ここまで来れば、ヤツの影に脅えることは無い。
自由だ。


不意に君は、歩みを止める。
手を引いて先を促しても、君は、動こうとしない。

君は言う、小さく、しかし、はっきりとした声で。
「ありがとう……ついにここまで……ありがとう」
君の声にも僕は振り返ることができない。
「ありがとう……でも、わたしは、ここから、先へはいけないわ」
僕は思わず問い返す。
「なぜ、あと少しだ。あと少しで、僕たちは元の世界に戻れる」
君は、僕の言葉に声をかぶせるようにして言う。
「いいえ、わたしは、もう、あの平和な場所に戻ることはできない」
「なぜ……いや……そうかも、しれない……なら……それなら、
僕たち二人で、人里はなれた山の中で暮らそう。
ここより、ずっと、南に下って。
なに、僕にも、少しの貯えはある。
二人で暮らしていくくらいはなんとかなるよ」
君は、頭を振って言う。
「だめ……二人で食べていくことはできるかもしれない。
 でも、そうなったら、わたしは、あなたから、歌を奪ってしまう……
 あなたから、歌を奪ってしまえば、あなたは、輝きを失う。
 あなたは、やがて、その悲しみで死んでしまうでしょう」
 僕は、大きく体を振って、答える。
「そんな……唄えなくなったくらいで、死んだりはしないよ……
 それに、そうだ、歌を唄いたくなったら、僕は町に下りて、唄えばいい」
「そうね、でも、悪い噂はすぐに広まるわ……
その噂は、やがてあなたから、歌う場所を奪ってしまうわ」
足は完全に止まっていた。
僕は、間近に迫った、出口を見つめ、君の言葉を聴いている。
「ありがとう、あなたの気持ちは、十分にいただいたわ。
 でも、わたしは、あの村に戻ることはできない。
 わかっているはずよ。
 わたしは、もう、ここから出て行くことはできない。
 あなたの気持ちは……
 さあ、あなたは、一人で、行ってください。
 悲しみは、いつか、癒されます。
 そして、あなたは、多くの人を救うために唄ってください。
 わたしは、あなたと共に行くことはできないのです」

……そして、君は、不意に腕を強く引いた。
思わず君を振り返ってしまう。
君と目が合った。
君の唇が、「ありがとう」と動くのがわかった。


闇の中から、ハーデスの声が響く。
『オルフェウスよ、ついに、振り返ったな……約束通りエウリディーケはつれて帰る』
エウリディーケの体が、風に弄ばれるように、地中へと戻っていくのが見える。
洞窟の出口には、ひとり残されたオルフェウスの姿が……
 
 【あとがき】
え~~
ギリシア神話のオルフェウスとエウリディーケの話を僕なりに解釈したものです。
最初のうちは、犯罪を犯した(巻き込まれた)女が男と一緒に逃げる、
という、雰囲気を出しながら、実は、神話だったと……
企画倒れだったかな……ちょっと、弱気だったりする。