D's Factory

  the Door of Dreams

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タイトル: あなたのそばに

作成日:2003年11月07日 




 山から吹き降ろす風にスカートの裾がはためく。
 身体を引き裂くような冷たさに、思わず身震いをして、コートの襟を立てた。
 (あなたがいたなら、風はこんなに冷たくなかったのに……)
 南アルプスの稜線は白く雪に覆われ、暗く灰色の雲と対照的な色合いを見せている。
 北岳の頂は遥かに遠く、わたしには行き着くことができない。

 あなたから冬の北岳を単独登頂すると聞いたとき、わたしは「ふーん」って反応しかしなかったね。
 北岳が、富士山に次ぐ高い山で、南アルプスにあって……。
 いくら、説明してもらっても、わたしが、ボーっとしているから、あなたは苦笑いしていたね。
 夏休みに、あなたと、この街に来たね。
 わたしには、山登りの経験なんて無かったから、麓の観光地巡りになちゃったけど……とても高くて、綺麗な山だなって思ったよ。
 色々な高山植物や雷鳥を見ることができるんだ。夏場なら、たくさんの人が登るんだよ、ってあなたの説明。

 いつか、わたしと一緒に登りたいって意味だよね。

 (んーどうしよ……)
 心の中で、参ったなって思っていたんだ。

 そして、今、わたしは、北岳の麓にいる。
 あなたのそばにいたくて、あなたが、一人で登っていったこの山の麓までやって来た。
 あなたを待つ間、あなたの胸に飛び込むまでの間、あなたとの思い出を一つずつ振り返っていよう。

   ☆

 二人ではじめて遊園地に行ったとき、あなたは、ジェットコースターが苦手で、乗る直前まで……うんん、動き出す直前まで嫌がっていたよね。
 あの時のあなたの顔とても、おかしかったなぁ。
 「かわいい」って言ったら、膨れていたけど、そんな顔もとてもかわいかった。
 夜、花火を見上げながら……。
 あなたは、わたしの肩に手を置いて……そう、そして、あなたが手にこめる力がだんだん強くなって……。
 そして、最後にあなたは強くわたしを抱き寄せてくれた。
 それからというもの、あなたが、初めて何かをしてくれたとき……その最後は、いつも、あなたが優しく抱きしめてくれた思い出で終わっている。
 旅行に行ったとき、誕生日を祝ってくれたとき、クリスマス、バレンタイン、喧嘩をしたとき。そして、あなたの両親に紹介されたとき、わたしの実家に連れて行ったとき……。
 そんな全ての思い出の最後にあなたはわたしを抱きしめてくれた。

   ☆

 街を歩いていると、あなたは、いつも手を繋ぎたがる。
 指を絡めるようにして。
 横浜の中華街があなたのお気に入りだったよね。
 デーパートや人ごみの中を歩くと、すぐに疲れてしまうのに、中華街を歩くときは、小さな路地まで入ってみようとして。
 早足で歩くあなたについていくのは、ちょっと大変で。ちょっとでも興味があるものを見つけると、すぐにそっちに向かっていって……そう、わたしは仔犬を連れて歩いているみたいだった。
 すごくニコニコして、嬉しそうに歩くあなたを見ているとわたしまで楽しくなる。
 でもさ、時々、あなたは、手を繋ぐと「大きくなっちゃった」と言って、わたしの手をあそこにもっていったよね。
 人ごみの中なんだからさ……。

   ☆

 お風呂で、あなたの背中を流すのが好き。
 大きくて逞しくて。
 泡だらけになったあなたの背中に抱きつくと、わたしの胸のふくらみがつぶれていく。
 あなたが『風俗みたいだ』っていうから、わたし、耳を引っ張ったことがあったね。
 後ろからあなたにしがみついていると、すごく安心できる。
 あなたは、「くすぐったい」っていうけど、ダメ、放してあげない。
 あなたに後ろからしがみつくようにして、股間に手を伸ばすと、あなたは、小さく吐息を漏らし、わたしに体を預ける。
 あなたは体が大きいから、ベッドの上では組み伏せられてしまうけど、この状態なら、わたしが、あなたに優しくしてあげることができる。
 あなたのためにできるから、わたしは、この体勢が好き。

   ☆

 唇に触れられた感触で目を覚ます。
 ぼんやりとした視界の中にあなたの微笑が浮かんでいる。
 あなたの煙るような瞳には、いつも引き込まれてしまう。
 あなたは、わたしの顔に掛かった髪をすくい上げ、そのまま、手を頭の後ろに回す。
 大きくて厚いあなたの掌で、頭を包み込まれるのが好き。髪を指に絡めるようにして、耳の後ろから優しく撫で上げるように……。
 いつもと同じ手順の愛撫なのに、わたしの身体には小さな快感が積み重ねられていく。
 わたしは、あなたに手を差出し、口づけを求める。
 ゆったりとした優しい仕草で、あなたは、わたしの望みを叶えてくれる。

   ☆

 あなたを待つ間、あなたと出会ってからの出来事を思い出そうとしているのに、なんでだろう、エッチなことばかりが蘇ってくる。
 でもね、あなたとの思い出のひとつひとつが、あなたが抱きしめてくれたことと繋がっているから……。
 少し、くすぐったいような感触。
 あなたのことを考えているだけで、わたしは、幸せな気分で満たされる。

   ☆

 ああ、やっぱり、寒い。
 あなたのそばにいると、とても暖かいのに……。
 あなたの姿を見つけたら、駆け寄って飛びつくから。あなたは、しっかりと、わたしを抱きとめてね。
 あなた……わたしの大好きな熊さん。
 大きな体で、いつもわたしを守ってくれた。
 そして、体と同じように大きな心で、たくさん、わたしを愛してくれた。
 あなたとの時間は、わたしにとって至福の瞬間だった。
 あなたの愛に包まれたとき、わたしは、心を開き、すべてを委ねることができた。

   ☆

 少し眠くなってきたな……
 深く沈み行く意識の中で、わたしは、あなたのすべてを思い出している。
 早くあなたのそばに行きたい。
 ひとりで、わたしを待たせた分、いつもより、優しくしてね。
 あなたの腕に抱かれて眠りにつきたい……

   ☆☆

 「あ、警部……はい、身元わかりました」
 男の声が、足元から聴こえる。
 携帯に向って叫んでいる男の足元にわたしが横たわっている。
 体に白い布をかぶせられて。

 「はい、遺留品から、名前の確認ができました。それよりですね。捜査員の一人に、ホトケさんに心当たりがあるのがいたんですよ。
 ほら、先週の北岳の滑落事故です。その恋人じゃないかって。その辺を調べてもらえますかね。
 ええ、覚悟の自殺、と考えていいんじゃないですかね。
 川の中に入っていますが、水を飲む前に心臓麻痺を起こしたみたいだって。
 まったくね、幸せそうな顔をして。眠っているようですよ。
 なんかね……とても、やりきれない……」

   ☆

 わたしは、わたしだったモノに背を向け、空に向っていく。
 体が軽く、すべるようにして、空に吸い込まれていく。
 
 空の上から、あなたが降りてくる。
 悲しそうな目をして……。
 わたしは、速度を速め、あなたの胸に飛び込んでいく。
 そう、あなたの力強い腕で抱きとめて……。

 あなたは、ちょっと、怒った顔をして、わたしの額を優しく小突く。
 でも……
 でも、いいのよ。あなた……。
 わたしは、あなたのそばに行きたかった。
 後悔はしない……
 これからは、ずっと、一緒にいることができるのだから……。
 あなたのそばにいることができるのだから。


【あとがき】
 チャット(朗読用)として、書いたつもり、だったけど、読んでもらえなかったんだろなぁ~。
 自分にとって、ひとつの時代(大げさ)の終わりです。

主な改定履歴

2003年11月 7日

2004年 2月17日

2007年 9月12日