(心の中にいくつビー球を持っている?それをずっと、ずっと、胸の中で磨いていくんだよ……)
ウータンは、一人で海にやってきた。
堤防の端から二番目と三番目の階段の間が、ウータンのお気に入り。
学校からの帰り道。いつも友達とこの場所に腰を下ろし、日が暮れるまで話をしていた……そんな場所。
今日、ウータンは一人だったが、寂しくはなかった。
いっぱい、いっぱい、考えなくてはならないことがあったから。
胸の奥にある不思議なモノについて、考えなくてはならなかったから。
秋も終わりに近づき、波は少し高い。
高校生の頃は、天気予報よりも、カレンダーよりも、海の上を吹きぬける風の温度で季節を感じることができた。
高く盛り上がり崩れていく白い波頭。いくら青く晴れ上がっても、冬の準備を始めた海は、夏のきらめきを取り戻すことができない。
ウータンのお気に入りの場所は、防波堤が緩いカーブを描いている真ん中にある。
冬になると防波堤の下の段で友達と話をした。風が通らないのであまり寒くなかった。
春は上の段。暖かくなった日差しと風が優しく体を包んでくれた。
夏は、砂浜。暑く焼けた砂の上。仲の良い友達と三人並んで水平線を走るヨットを飽くことなく見続けていた。
そして、海の家。ウータンは、汗まみれになってビールのケースを運び、焼きソバや焼きイカを売った。
夜、疲れ果てた体をこの防波堤の上に横たえると満天の星。思わず涙がこぼれてきた。
そんな、たくさんの思い出がつまった防波堤。とても、楽しかった夏。もう、戻ることはできない季節。
(こんな思い出が、ビー球になって、胸の中に増えていくのかな……)
ウータンは、右の胸を押さえてみる。
左の胸を押さえると、心臓がドキドキしているのが判るが、右の胸を押さえてもなにも感じない。
(この中にビー球が入っているの?)
ウータンは、しばらく右の胸を押さえたまま、じっと、息を殺してみた。
指先には、なにも伝わってこない。
今度は、左の胸を押さえてみる。
ゆっくりと、でも、確実な鼓動を感じることができる。
『左の胸には心臓があって、右の胸にはビー球をしまう宝箱があるんだよ。
悲しさや寂しさは人を傷つけるけど、心の中にあるビー球が、その傷をそっと癒してくれるんだ。
だから、素敵な出会いや思い出を無駄せず、心の中で、大事に育てて、ビー球を増やしていくんだ。
今、君は、心の中にいくつビー球を持っている?それを胸の中で磨いていくんだよ……。
今よりもっと優しくなれるから。
大事に大事に育てていくんだ。
悲しい思い出も、寂しかった出来事も、無理に隠すのではなくて、心の中のビー球が、包み込んでくれるようになるから
そうすると、悲しい思い出を忘れるのではなく、思い出すことが少なくなっていくんだ。
悲しさは人を優しく、強くしてくれるから……
辛くても、忘れるのではなく……でも、思い出すことが少なくなったほうが、たぶん、いいでしょ……』
指先に伝わる感触を確認して、改めて右の胸に手を押し付けてみる。
指先には、なにも伝わってこない。
でも、今度は、なにか暖かいものが流れた気がする。
少し胸が苦しくなるような、切なくて……優しくて……ちょっと、悲しくなるような感触がした。
ライフワークとすべく(笑) 書き始めました。
その序章部分です。
とりあえず、書きあがっているのですが、全編で原稿用紙500枚を超えています。
少しずつ修正をかけて、「とりあえず」を外せるようになったら、アップロードしようかな、と考えています。